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犬の笑顔はアハー

呑んだり食べたり見たり聴いたり読んだり思ったり

百歳を祝う、7月の新潟旅 2

 2日目。

夜中の2時22分以降1時間ごとに目を覚ましていたので寝不足ぎみだが、6時半起床。左のふくらはぎを2か所、ダニに刺されていた。

 

 8時頃ホテルを出て、電車・バス・徒歩で父の実家に着いたのは10時前だった。

玄関を入るとすぐに二間続きの居間があるのだが、奥の部屋に前回(一昨年)はなかった介護ベッドが置いてあって、祖母が横たわっていた。目は覚めていたので簡単な挨拶をして手を洗いにいった。元気だと思っていたけど、さすがに100歳になると寝たきりになっちゃうんだな、と思いながらもどってきてベッドを見ると空である。

あれ?と見回すと、いつもの祖母の席に座っていた。普通に自分で歩いて行ったらしい。

「走る事だってできる」とは本人の弁。足はまだまだ丈夫なようだ。介護ベッドは昼寝用で、夜寝るのは前から使っている自分の部屋のベッドだそうだ。

体は普通に細くて小柄な婆さんだが、昔から足だけはデーンと太く、そのおかげで丈夫なのだろうと一緒に暮らす叔母は言う。

 

 自分の足が丈夫なのは、戦争中に某兵学校の厨房で働いていて、重い食缶を両手に持ち、配って歩いていたからだ、と祖母は言っている。

 兵学校の生徒は15,6歳の少年達。食べ盛りの年頃に食事の量は足りてないので、仲間の分をちょろまかす生徒がでる。ばれたら営倉に入れられ、食事は何の味もつけないにぎりめし2つだけで、塩すらつけてはいけなかったそうだ。が、塩が付いているかなど見た目でわからないのだからと、祖母は塩をつけてにぎってあげていたそうだ。祖母だけでなく、厨房で働いていた他の女性達も皆、子供を持つ母親だったから、同じようにしてたはずだと言っている。

「戦争は本当にいやだよ。」と、ここ数年会いに行く度に言う。ごはんもろくに食べられないのに戦争に勝てるわけないのだ。

 

 祖母が生まれ育ったのは芸者がいる料理屋街だった。

そこで文具等を売る商売をしていた祖母の家の正面に、料理屋だか置屋だかがあり、芸者になるために売られてきた女の子達が可哀そうな扱いを受けていた。

 三味線の稽古で間違えると、女将がバチ(三味線の)を投げつけたそうだが、ケガをさせては損になるので(医者代がかかったりするから)ケガをしない程度にぶつけてから、髪の毛をつかんでずるずる玄関まで引きずっていき、蹴り出していたそうだ。

女の子達はお客さんにお酌をしたり料理を運んだりするとチップがもらえて、それは自分の物にできた。そのお金を持って、さっき女将に蹴り出された子が平ちゃらな顔をして、祖母のいる店に帳面だの何だのを買いにくる。話を聞いてみると

「殺すなら殺せや」という心構えなのだという。今だと小学校高学年くらいの歳である。

(ちょうど、吉田秋生の漫画『BANANAFISH』を読み返している時だったせいか、アッシュ・リンクスとだぶってしまった。アッシュは男の子だけれど。)

 

 もう少し大きくなると逃げ出す女の子が出てくる。しかし、近隣の駅で必ず取り押さえられて

「絶対に逃げる事はできないんだよ。」と祖母は断言していた。

 

聞いたのはこの二つのエピソードだけだが、きっともっとひどい目にあっていただろう。女将はヒステリックで、自身も芸者あがりだったそうだ。

「きっと自分も同じように育てられたんだろうね。」

 

「自分の子がこんな目にあってる、って知ったら親は泣くよ。乞食をしてでも手放したくないと思うはずだよ。」

と祖母は言う。

「お金で人間を売り買いしてたんだよ。今は法律でそういうのが禁止されてるからよかったよ。」

 

今でも形は違うけどそういう事はあるよ、なんて言えなかった。

 

 やがてそんな街に嫌気がさし、今住んでいる場所へ引っ越してきたという。それまでは『夜の街』にいて夜中まで喧しかったそうだが、ここは、すぐ裏が寺町なので朝は早いけれど、静かでほっとしたそうだ。

 

 今回はこの『売られてきた女の子』の話を繰り返し繰り返し繰り返し話してくれた。あとは、子供の頃に『マムシのおマサ』と呼ばれていた話とか、亡くなったT叔母が子供の頃、近所で泣いている子がいると、関係なくてもT叔母が泣かした事にされた話とか。(マムシの娘だからな。)

 

 お昼は海苔巻とお稲荷さんをとってくれた。私は1人前で充分お腹いっぱいなのだが、祖母も叔母も食べきれない分を「若いんだから。」と食べさせようとする。3つ4つはがんばっていただきましたが、叔母ちゃん、私もうすぐ46歳だよ。成長期はとっくに過ぎてるから、そんなにいらないの。まあ年齢差は変わらないから、向こうから見れば若いんだろうけどさ。気持ちは小娘さ。

 

「ここにはジジ(叔父)もババ(叔母)も大ババ(祖母)も揃ってるんだからウチの子になれ。」と祖母に言われた小娘(もうすぐ46歳)。この家の従姉弟達が独立して出て行ってるから淋しいのだろうな。他県で働いている独身の従弟が定年になって帰ってくるのを待っているそうな。彼が定年の頃には祖母は長寿でギネス認定されているよ。

 

f:id:shippo4:20150710115746j:plain 祖母お気に入りのヌイグルミ達

 

 

 

 祖母と手を握り合って別れを惜しんでから、叔父夫婦が駅まで送ってくれた。

 

 18時37分、新潟駅着。

2日目の晩は飲み屋さんじゃなくてもいいかなあ、と思っていたが、無性に枝豆を食べたくなってきた。飲み屋へGO!だ。